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浦和地方裁判所 平成10年(ワ)862号 判決

原告

大熊清一郎

右訴訟代理人弁護士

岡村茂樹

青木孝明

設楽あずさ

右訴訟復代理人弁護士

塚田朋子

被告

天田幸男

(以下「被告天田」という。)

明治自動車株式会社

右代表者代表取締役

椿貴喜

(以下「被告会社」という。)

右訴訟代理人弁護士

遠藤義一

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して一四三万九五二九円及びこれに対する平成七年六月三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を被告らの、その余を原告の各負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者の申立て

一  原告

1  被告らは、原告に対し、連帯して四四三万三一〇〇円及びこれに対する平成七年六月三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  事案の概要

一  本件は、原告が、その所有する自動二輪車(〈車輌番号略〉。以下「本件二輪車」という。)を運転して、進路前方に停止する被告天田の運転する被告会社所有のタクシー(〈車輌番号略〉。以下「本件タクシー」という。)の左側方を通過しようとした際、被告天田が乗客を降ろすために本件タクシーの後部ドアを開いたところに衝突して負傷した交通事故(以下「本件事故」という。)を原因として、被告天田に対しては民法七〇九条に基づき、被告会社に対しては自動車損害賠償保障法三条(但し、物損については民法七一五条)に基づき、本件事故により被った損害の賠償を求めている事案である。

二  前提となる事実関係

本訴請求に対する判断の前提となる事実関係は、概略、次のとおりであって、当事者間に争いがないか、あるいは、弁論の全趣旨によって容易に認定することができ、この認定を妨げる証拠はない。

1  当事者について

(一) 被告会社は、一般乗用旅客自動車運送事業などを業とするタクシー会社で、本件タクシーの所有者である。

(二) 被告天田は、同社に勤務するタクシー運転手で、本件事故当時、本件タクシーを運転していた。

(三) 原告は、事業所得者ということができるか否かはさておき、本件事故当時、サトウ工営株式会社(以下「サトウ工営」という。)の下請業者として新築ビルの屋上の立上り部分などの防水工事を請け負い、職人及びアルバイト作業員を二、三名雇用し、その請負業務に従事していた。なお、その防水工事には「ラムダ」と称される製品を使用するため、これに従事する職人は「ラムダ工」と呼ばれるのが一般であるが、原告本人も、ラムダ工として、サトウ工営から請け負った防水工事に従事していた。

2  本件事故について

(一) 本件事故は、平成七年六月三日午後四時三二分ころ、東京都文京区本郷〈番地略〉先路上で発生した。

(二) 本件事故の現場は、通称「川越街道」の白山方面から上野方面に向かう片側二車線の第一車線(左側車線)上で、壱岐坂通りに至る道路が右側に折れるT字路交差点(以下「本件交差点」という。)の手前に位置するが、本件交差点には信号機が設置されていて、本件事故当時、川越街道を走行する車両用の信号機は赤色を表示していた。

(三) 原告は、本件事故当時、本件二輪車を運転して事故現場近くに差しかかったが、第一車線に停止していた本件タクシーの左側方を通過して本件交差点の手前の停止線まで進出しようとしたところ、本件タクシーの後部ドア(顧客の乗降用の左側ドア。以下同じ。)が開いたため、本件二輪車のハンドルを握っていた右手がその後部ドアとハンドルとに挟まれる状態で本件タクシーに衝突し、本件二輪車とともに、左側に転倒した。

3  原告の被害について

(一) 人損関係

原告は、本件事故により、右示指挫滅創、右中指打撲傷、全身打撲傷の傷害を負い、事故当日の平成七年六月三日から同年一〇月二日までの一二二日間、東京大学医学部付属病院(以下「東大病院」という。)に通院して治療を受けた。但し、その実通院日数は一二日である。

(二) 物損関係

また、原告は、本件事故により、本件二輪車が破損する被害を受けた。

4  被告らの責任関係について

(一) 被告天田は、本件事故により原告が被った損害について、本件タクシーの運転者として民法七〇九条所定の賠償責任を負う立場にある。

(二) 被告会社は、原告が被った前記損害のうち、人損については、本件タクシーの保有者として自動車損害賠償保障法三条所定の賠償責任を、物損については、被告天田の使用者として民法七一五条所定の賠償責任を負う立場にある。

三  本件訴訟における争点

1  第一の争点は、本件事故に対する被告らの前記責任原因を前提にした被告天田の過失の有無であるが、この点に関する原・被告の主張は、要旨、次のとおりである。

(原告)

タクシーの運転者は、乗客を降ろすためにドアを開こうとする場合は、予め後方から他の車両等が走行してくるかどうか、また、車両等が走行してくるときは、ドアを開いても十分な距離があるかどうかなど、後方の安全を確かめ、開いたドアに後方から進行してくる車両等が衝突するのを防止すべき注意義務があるところ、被告天田は、本件事故当時、後方の安全を確認することなく、本件タクシーの後部ドアを突然開いたため、その左側方を通過しようとした原告運転の本件二輪車を前記態様で本件タクシーに衝突させたものであるから、同被告の過失は明らかである。

(被告ら)

タクシー運転者の原告主張の注意義務それ自体は争わないが、被告天田が後方の安全を確認することなく、本件タクシーの後部ドアを開いたとの事実は否認する。

2  第二の争点は、本件事故により原告が被った損害であるが、この点に関する原・被告の主張は、要旨、次のとおりである。

(原告)

(一) 人損関係

(1) 治療費等

① 東大病院の治療費(文書料を含む。) 五万一〇四〇円

② 竹内調剤薬局の調剤報酬

五七九〇円

(2) 休業損害

(主位的主張) 三〇三万三〇一五円

① 原告は、本件事故当時、サトウ工営の下請業者として、前記のとおり防水工事に従事していたが、ラムダ工と呼ばれる職人あるいはアルバイト作業員を雇用していたとはいえ、自らもラムダ工として防水工事に従事していた。

② 原告は、サトウ工営から下請代金の支払を受けていたが、その下請代金には原告本人がラムダ工として防水工事に従事して得る収入が含まれているところ、その収入は、原告が雇用していた職人等の収入と同様に、各自の作業単価によって算定されるべきものであるから、原告の作業単価に基づいて原告本人のラムダ工としての収入を算定すると、本件事故前三か月間の収入が合計一八九万八五七〇円であったので、一日当たりの収入は二万一〇九五円となる。

③ 原告は、本件事故により右示指及び右中指に前記傷害を負ったため、ラムダ工に要求される指先の細かい作業ができず、ラムダ工として復職することができたのは平成七年八月一六日であるが、その復職後も、作業能率が本件事故前に比べて大幅に低下したため、原告本人のラムダ工としての収入も大幅に減少したばかりでなく、サトウ工営の信用を失い、結局、平成七年一二月末日をもってサトウ工営の下請業務を辞めざるを得なくなった。

④ 以上による本件事故当日の平成七年六月三日からサトウ工営の下請業務を辞めた同年一二月末日まで二一二日間の原告本人の得べかりし収入は、四四七万二一四〇円となる。

⑤ これに対して、原告は、右の期間、一四三万九一二五円の収入を得ている。

⑥ したがって、原告は、本件事故による休業損害として、右④と⑤との差額金三〇三万三〇一五円相当の損害を被ったことになる。

(予備的主張) 一〇九万五六七二円

① 仮に原告を事業所得者とみるべき場合には、原告の平成六年の所得金額は一八三万七四九五円、固定経費は合計九七万八七四〇円であるから、原告の年収はその合計二八一万六二三五円で、一日当たりの収入は七七一六円となる。

② 原告は、平成七年八月一六日に復職したが、復職後も、ラムダ工としての労働能力は少なくとも五〇パーセント失われていた。

③ 以上による原告の休業損害は、完全に休業した本件事故の翌日である平成七年六月四日から復職した日の前日である同年八月一五日まで七三日間は右①の全額により、復職した日からサトウ工営の下請業者を辞めた同年一二月末日まで一三八日間は右②の半額により、合計一〇九万五六七二円となる。

(3) 慰謝料 八〇万円

原告は、本件事故により、前記のとおり、一二二日間の通院治療を余儀なくされたので、その慰謝料は八〇万円を下らない。

(二) 物損関係

本件二輪車の修理費用など

三八万四一六〇円

(三) 損害の顛補

二四万〇九〇五円

原告は、治療費として二万九三三〇円及び一万一五七五円、休業損害として二〇万円の支払を受けた。

(四) 弁護士費用

(主位的主張) 四〇万円

(予備的主張) 二一万円

原告は、本件事故による損害賠償を求めるため、被告らに対する本件訴訟の提起を余儀なくされ、そのために原告訴訟代理人に訴訟委任をしたが、被告らに対して賠償を求め得る弁護士費用相当の損害は、(一)及び(二)の損害金から(三)の補顛額を控除した損害金のほぼ一割(休業損害に関する主位的主張に係る場合は四〇万円、予備的主張に係る場合は二一万円)が相当である。

(五) よって、原告は、被告らに対し、以上合計四四三万三一〇〇円(予備的主張では二三〇万五七五七円)及びこれに対する本件事故の日である平成七年六月三日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告ら)

(一) 人損関係

(1) 治療費等については、一八二五円(平成八年一月五日の東大病院の治療費等)を除き、認める。

(2) 休業損害に関する主位的主張は争う。予備的主張については、原告が事業者として税務申告をしている以上、本件事故の前年度の税務申告に係る所得額に基づいて休業損害金を算定するのが当然であるところ、原告は、職人等を雇用し、請負業務の監督を行う立場にあったのであるから、本来、東大病院に通院中も減収はなかったと考えられるが、この点はともかく、仮に減収が認められるとしても、原告が実際に東大病院に通院した日数は一二日であるから、通院期間中の休業損害は、税務申告の所得金額である一八三万七四九五円を三六五日で除し、これに一二日を乗じた六万〇四一一円にとどまる。

原告は、本件事故で傷害を負ったが、平成七年六月二九日には挫滅創した部分が肉芽で被覆されたほか、原告の事故直後の状況、その業務内容、傷害の回復状況からみて、右同日には就労可能な状況にあったとみるのが相当であるから、その後の休業損害は認められるべきでない。

また、原告は、サトウ工営の下請業務の消滅による損害も請求しているが、下請業務が消滅したとしても、その原因が本件事故との間に相当因果関係があるものであるかどうか不明であるし、下請業務ができなくなったとしても、原告本人の労働能力には影響がなく、他の業務に従事して収入を得ることが可能であったから、当該請求は不当である。

(3) 慰謝料については、通院期間が一二二日間であるのに、実通院日数が一二日であるというように、バラツキがあるから、実通院日数を3.5倍した期間を基礎として、その慰謝料を算定すべきである。

(二) 物損関係

本件二輪車は、昭和五九年四月に登録された中古車であって、既に中古車市場価格表にも記載されていない車両であるから、その時価は、初年度登録時の新車価格六八万円の一割程度にとどまるところ、原告主張の修理費用は、これを上回るので、本件二輪車が全損したとみて、その時価を賠償すれば足りるというべきである。

(三) 損害の顛補

原告は、治療費等として四万五六四五円及び五一五〇円、休業損害として二〇万円、以上合計二五万〇七九五円の支払を受けている。

3  第三の争点は、原告の過失を理由として、被告らの責任が軽減されるか否か、軽減されるとして、その割合、すなわち、過失相殺の当否であるが、この点に関する原・被告の主張は、要旨、次のとおりである。

(被告ら)

(一) 本件タクシーが本件交差点の信号表示に従い停車していた際の本件タクシーの左側面と第一車線の左側道路端との間の間隔は五〇ないし八〇センチメートルであって、自動二輪車がやっと通ることができる程度しか空いていなかったうえ、被告天田は、乗客から料金を受け取った後、本件タクシーの後方から走行してくる車両がなかったため、後部ドアを半開きにしたところ、原告は、それまで本件タクシーの後方の被告天田の視界の外を本件二輪車を運転してきたのに、本件タクシーのすぐ後ろでその進路を左に変え、本件タクシーの後ろを回り込むようにして、本件タクシーの左側面と第一車線の左側道路端との間を通過しようとしたものである。

(二) タクシーが道路の左端に停車すれば、乗客を降ろすことが予想され、そのためにドアが開かれる可能性が高いのに、原告は、漫然と本件二輪車を運転して、時速約四〇キロメートルの高速度で、通行が困難な本件タクシーの左側方に突入してきたばかりでなく、事故現場は、本件交差点から三〇メートル以内の地点であるから、追越しは禁止されているところ(なお、追越しは車両の右側からしなければならない。)、原告は、本件タクシーを、しかも、その左側から追い越そうとしたものである。

(三) したがって、被告らが本件事故に対する損害賠償責任を負っているとしても、原告の右の過失を理由に、その責任を軽減すべきである。

(原告)

(一) 原告は、本件二輪車を運転し、事故現場付近に到達し、折から本件交差点の信号表示に従い停止していた本件タクシーの左側方から本件交差点手前の停止線まで進出しようとして、ごく低速度で通過しようとしたところ、被告天田が本件タクシーの後部ドアを突然開いたため、本件事故に至ったのである。

(二) 本件事故について作成された実況見分調書添付の交通事故現場見取図によれば、本件タクシーの左側面と第一車線の左側道路端との間隔は1.4メートルであったから、車幅が七六センチメートルの本件自動二輪車が本件タクシーの左側方を通過するのは容易であったうえ、原告は、事故現場の近くの作業現場から本件二輪車を発進し、ギアを一速に入れたまま、半クラッチ状態であったため、その速度も、毎時一〇ないし一五キロメートル程度のごく低速度であった。

被告らは、原告が本件二輪車を時速四〇キロメートルの高速度で本件タクシーのすぐ後ろの場所で進路を変え、本件タクシーの後ろを回り込むようにして、その左側面と第一車線の左側歩道端との間を通過しようとしたと主張するが、その間隔が1.4メートルであったとしても、被告ら主張のような高速度では、本件二輪車を運転して本件タクシーの左側方を通過することはできない。

また、被告らは、原告が本件二輪車で本件タクシーを追い越そうとしたと主張するが、本件タクシーは停止中であったから、そもそも追越しには当たらず、本件タクシーの左側方を通過したにすぎない。

(三) したがって、原告には、本件事故について、過失相殺の対象として斟酌されるべき過失はない。

第三  当裁判所の判断

一  被告天田の過失の有無及び被告らの責任について

1  前提となる事実関係のうち、本件事故について前記した事実に、証拠(甲一〇、乙六、七、原告本人及び被告天田本人。但し、後記採用し得ない部分を除く。)を総合すれば、本件事故に至る経緯及びその態様は、次のとおりであったと認めることができる。

(一) 被告天田は、本件事故当日の平成七年六月三日、本件タクシーを運転して被告会社の業務に従事していたが、JR水道橋駅近くの通称「黄色いビル」の前で顧客を後部座席に乗せ、その指示に従い、川越街道を本郷三丁目に向かって走行したきたところ、同日午後四時三二分ころ、本件交差点の手前の本件事故現場に差しかかった地点で停止した。

(二) 被告天田が本件タクシーを停止した原因及びその位置関係についてみると、当時、本件交差点の信号機が赤色を表示していたことは、当事者間に争いがないところ、被告天田の陳述及び供述(前掲乙七及び被告本人)では、本件交差点の信号機の表示に従って停止したわけではなく、乗客の目的地が本件交差点の手前の左側にある神社の前であったため、本件タクシーを停止したのであって、その停止位置も、事故現場の川越街道の第一車線の左側端のガードパイプから一メートル程度離れた位置であったというのである。

しかしながら、本件事故の直後に作成されている実況見分調書(前掲乙六)の信憑性について、特に疑義を挟まなければならない事情は窺われないところ、同調書によれば、本件タクシーの停止位置は、第一車線の左側道路端から1.4メートル離れた位置であるばかりでなく、本件タクシーの進路前方には、本件交差点の信号機が赤色を表示していたため、本件交差点の手前で停止している先行車両があったことが明らかであって、被告天田の本件タクシーの停止位置に関する前記陳述及び供述を採用することはできず、その停止原因に関する供述も採用するのは困難である。

反対に、被告天田が右のような実況見分調書の記載に反する不自然な前記陳述及び供述をしているのも、同被告は、本件交差点の手前で信号待ちで停止している先行車両に続いて本件タクシーを第一車線の左側道路端から1.4メートル離れた位置に停止させたところ、その停止後、乗客がその地点で降りる旨の指示をしたことから、後部ドアを開いたが、その結果、案に相違して本件事故に至ったので、本件タクシーを停止した原因及びその位置関係に関する記憶に一部錯乱が生じたためではないかといわざるを得ない。

(三) 他方、原告は、本件事故当時、事故現場から約六五メートル手前にあった工事現場でラムダ工として防水工事に従事していたが、本件二輪車を運転して工事現場を出て事故現場の近くに差しかかったところ、前認定のとおり、第一車線の左側道路端から1.4メートル離れた位置に本件タクシーが停止していたため、その左側方を通過して本件交差点手前の車両の停止線のところまで進出しようとした。

被告らは、本件事故当時の原告の本件二輪車の運転状況について、第一に、原告が本件タクシーのすぐ後ろに至ってその進路を左に変え、本件タクシーの後ろを回り込むようにして、本件タクシーの左側面と第一車線の左側道路端との間を通過しようとしたと主張するところ、その主張に沿う被告天田の前掲陳述及び供述は、原告の陳述及び供述(前掲甲一〇及び原告本人)に照らし、直ちに採用することができず、この点に関する被告らの主張を認めるに足りる証拠はない。

また、第二に、原告が時速四〇キロメートルの速度で本件タクシーの左側方を通過しようとしたとも主張するが、その主張に沿う被告天田の前掲供述(但し、時速三〇キロメートル位の感じであったという。)は、原告の前掲陳述及び供述に照らし、直ちに採用することはできず、この点に関する被告らの主張も認めるに足りる証拠がない。

(四) これに対して、被告天田は、本件タクシーを第一車線の前記位置に停止した後、乗客の指示で後部ドアを約四〇センチメートル位開いたが(本件タクシーの後部ドアは、九〇度の全開状態及び三〇度の半開状態の二段階に開くことができる構造になっているところ、本件事故当時の状態は、半開状態であったため、後部ドアの幅が約八〇センチメートルであったから、約四〇センチメートル位開いた状態になる。)、その際、本件タクシーの左側方を通過しようとした原告の運転する本件二輪車の右ハンドル付近が被告天田の開いた本件タクシーの後部ドアに接触し、原告は、本件二輪車とともに、本件タクシーの左斜め前方の路上に横転した。

2  右認定の本件事故に至る経緯及びその態様に鑑みれば、被告天田は、本件交差点の手前で信号待ちで第一車線に停止している先行車両に続いて本件タクシーを停止したが、そこで降りるという乗客の指示で後部ドアを開いたところ、その停止位置は第一車線の左側道路端から1.4メートル離れていたため、自動二輪車等であれば本件タクシーの左側方を通過することが可能な状態であったから、後部ドアを開くに際しては、本件タクシーの左側方を通過しようとする自動二輪車等があるか否かを注意し、自動二輪車等が開いたドアに衝突するようなことを防止すべき義務があったのに、その注意義務に違反し、本件二輪車に気がつかないで漫然と後部ドアを開いて本件事故に至らしめた過失があるといわなければならず、被告天田は、本件事故により原告が被った損害について、民法七〇九条に基づく損害賠償責任がある。

3  また、被告会社は、自動車損害賠償保障法三条(但し、物損については民法七一五条)に基づく損害賠償責任を負う立場にあることは自認しているところ、被告天田の無過失あるいは同被告に対する選任・監督の無過失を前提とした免責の抗弁までは主張していないから、被告会社も、被告天田と連帯して、本件事故により原告が被った人損及び物損のいずれも賠償する責任を免れるものではない。

二  原告の被った損害及び被告らの要賠償額について

1  人損関係

(一) 治療費等 五万六八三〇円

原告主張の治療費等は、一八二五円(平成八年一月五日の東大病院の治療費等)を除き、当事者間に争いがなく、右の一八二五円については、証拠(甲四の15)によって、これを認めることができ、この認定を妨げる証拠はない。

(二) 休業損害五三万三六〇四円

(1) 原告が、本件事故前、サトウ工営の下請業者として、職人等を二、三名雇用して防水工事に従事していたことは、当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、原告は、これによる収入について、事業所得者として納税申告をしていたことが認められるので、本件事故により原告が被った休業損害を算定するに当たっても、原告が事業所得者であることを前提に、これを算定すべきものであるから、この点に反する原告の主位的主張は採用することができない。

(2) 本件事故の前年の平成六年の原告の納税申告に係る所得金額が年額一八三万七四九五円であったことは、当事者間に争いがないところ、原告は、原告の収入には、その所得金額のほか、年額九七万八七四〇円として納税申告されている固定経費も加算すべきであると主張する。

しかしながら、弁論の全趣旨によれば、右の固定経費は、家賃、損害保険料及び減価償却費で構成されているところ、当該経費は、原告が営んでいた下請事業の売上金額から控除されるべきものであって、本件事故後にも下請事業が営まれていれば、その売上金額から控除されるものであるから、原告の収入それ自体の減少をもたらすものではなく、平成六年及び平成七年の納税申告の内訳(甲九及び一一)を比較してみても、平成七年の売上金額からも減価償却費が控除されているので、少なくとも減価償却費を加算する理由はない。家賃については、平成七年の内訳では経費として計上されていないが、原告が平成七年の下請事業に際して現に家賃を支出していれば、経費として計上されているのが当然であるのに、その計上がないということは、平成七年には家賃を支払う必要がなかったからであると推認するほかはなく、売上金額が減少したため、家賃を支出することができず、その支出のために売上金額とは別に費用を出捐した場合であればともかく、そうとは認められない以上、家賃についても、これを原告の所得金額を算定するに当たって加算する理由はないといわなければならない。また、損害保険料については、平成六年の内訳にも、平成七年の内訳にも明記されていないから、これを原告の所得金額に加算すべき前提がない。

したがって、原告の本件事故による休業損害は、平成六年の所得金額である一八三万七四九五円、一日当たり五〇三四円を基準に算定すべきものである。

(3) そこで、次に休業損害を算定する対象となる期間について検討すると、証拠(甲二、三、一〇、原告本人)によれば、原告は、本件事故後、平成七年一〇月一二日まで東大病院に通院して治療を受けたことが認められ、その間の原告の休業損害を否定することはできない。

しかしながら、原告は、自らラムダ工として防水工事に従事することはあっても、前認定のとおり、職人等を雇用して下請業務を営んでいたのであるから、原告本人の通院期間の全部について、原告の休業損害を全額算定しなければならない期間ではなく、前掲証拠によれば、原告が復職する前にも現に下請業務は営まれていたことが認められるので、その間の休業損害について、前認定の一日当たりの所得金額をそのまま乗じて算定することは相当でない。

また、原告は、東大病院における通院治療を終えた後の休業損害も主張するところ、前掲証拠によれば、原告が東大病院における通院治療を終えた同年一〇月一二日の時点でも、強度の爪甲変形、指尖部の知覚鈍麻と指腹の知覚過敏が残っていたことが認められ、この認定を妨げる証拠はなく、右症状及び弁論の全趣旨により窺われる原告の営んでいたラムダ工における指先の機能の必要性に鑑みれば、原告がサトウ工営の下請業務を辞めたという平成七年一月末までは、本件事故による傷害が原告の所得金額の減少をもたらせていたと認めほかはなく、この認定を妨げる証拠はない。

現に平成六年及び平成七年の原告の所得金額(前者については甲一一、乙二の2の一八三万七四九五円、後者については甲九の一二六万六九九五円)も、本件事故による原告の所得金額の減少を物語るものということができ、本件事故から、東大病院において通院治療を経て、サトウ工営の下請業務を辞めるまでの間の原告の休業損害は、前説示したところに、平成七年の所得金額の平成六年の所得金額に対する減少割合、原告本人がラムダ工としてその下請業務の施工に果たす役割などを総合考慮すれば、その全部の期間を平均として、前認定の一日当たりの基準額の五割に相当する二五一七円を乗じて算定するのが相当である。

したがって、原告の本件事故による休業損害は、本件事故の平成七年六月三日から同年一二月末日までの二一二日間に二五一七円を乗じた五三万三六〇四円となる。

(三) 慰謝料 八〇万円

本件事故によって原告が負った傷害の部位、負傷の程度、通院期間などに鑑みれば、被告ら主張のように、通院期間に占める実通院日数が少なく、弁論の全趣旨によっても、その通院の間隔にバラツキがあると認められることを考慮しても、原告が本件事故により被った精神的苦痛を慰謝するに足りる金員は、原告主張の八〇万円をもって相当とする。

2  物損関係

(一) 修理費用 六万八〇〇〇円

証拠(乙六、甲八)によれば、原告は、本件事故により、本件二輪車の左クラッチレバー折損、ミラー曲損等の被害を受けたが、本件二輪車を修理すると、その費用として合計三八万四一六〇円を必要とすることが認められ、この認定を妨げる証拠はない。

しかしながら、証拠(乙三)によれば、本件二輪車は、昭和五九年四月に初年度登録された自動二輪車であって、弁論の全趣旨によると、本件事故当時には、既に中古車市場にも出回っていない中古車両となっていたことが認められ、その時価は、証拠(乙四、五)に照らせば、初年度登録時の新車価格六八万円の一割に当たる六万八〇〇〇円と認められる。

したがって、本件二輪車の修理費用として、その時価を上回る前説示の三八万四一六〇円を認めることはできず、被告らが賠償すべき本件二輪車の破損による損害は、経済的な全損とみて、その時価に当たる六万八〇〇〇円をもって足りるというべきである。

(二) 引取費用 一万五〇〇〇円

原告は、前記修理費用中に本件二輪車の引取費用を含めて請求しているが、これは、本件二輪車の経済的な全損を認める場合には、その廃棄に必要な費用として把握し得るものであって、本件二輪車の修理費用ないし時価に相当する損害とは別個の損害であるから、前認定の物損とは別個の物損として、その請求の当否を検討すべきところ、前掲証拠(甲八)によれば、その損害は一万五〇〇〇円と認めることができる。

(三) その他 五万七〇〇〇円

また、原告は、前記修理費用中にヘルメット及びグローブ代金も含めて請求しているが、これらも、本件二輪車の修理費用ないし時価に相当する損害とは別個の損害であるから、前認定の物損とは別個の物損として、その請求の当否を検討すべきところ、前掲証拠(甲八)によれば、その損害は合計五万七〇〇〇円と認めることができる。なお、当該ヘルメット及びグローブについても、その使用期間に応じた減額が考えられるが、この点に関する主張・立証はない。

3 過失相殺の当否

(一)  被告らは、本件事故について、原告にも過失があったと主張して、過失相殺を求めるが、その主張する原告の過失のうち、原告が本件事故当時に本件二輪車を運転していた速度及びその進行経路については、前認定のとおりであって、この点に関する被告らの主張は、その前提を欠き、採用することができない。また、本件二輪車を運転していた原告が追越し禁止の区域を追越しの方法として許されない方法で本件タクシーを追い越したとも主張するが、先行車両が停止したところ、その左側方に空隙があったため、後続車両がその空隙を通過しようとすることは、その当否はさておき、少なくとも道路交通法にいう追越しには当たらないというべきであるから、この点に関する被告らの主張は失当というほかはない。

(二)  そこで、原告が本件二輪車を運転して本件タクシーの左側方を通過しようとしたことの当否について検討すると、被告ら主張のように、タクシーが道路の左側に停止すれば、乗客を降ろすことが予想され、そのためにドアが開かれる可能性が高いということはできるが、タクシーが道路の左側に停止したからといって、その位置関係によっては、乗客を降ろすこととは関係がなく、信号待ちのため、あるいは、進路前方の渋滞などによって停止している場合もあるのであるから、道路の左側に停止したタクシーがあるからといって、乗客を降ろすような状況の下で停止している場合でなければ、その左側方を後続車両が通過するに際して、タクシーの後部ドアが開かれることを予想するまでの必要はなく、その反面、タクシーの運転者に対しては、乗客を降ろすために道路の左側に停止する際には、タクシーをドアの開閉に支障がない範囲でできる限り道路の左端に寄せて停止し、かつ、タクシーの左側面と道路の左端との限られた空隙に車両の進入が可能であるか否か、可能であるとすれば、現に進入してくる車両があるか否かを確認したうえで後部ドアを開くべき注意義務が課せられているというべきである。

右見地から本件についてみると、原告は、本件タクシーの左側方を通過しようとしたが、それは、本件タクシーが信号待ちの先行車両に続いて第一車線の左側道路端から1.4メートル離れた位置に停止していたからであって、被告天田も、本来、本件タクシーの乗客を降ろすためにその位置に停止したわけではなく、信号待ちのために停止した後、乗客の指示に応じて後部ドアを開いたのであるから、同被告にとってみても、その停止位置で後部ドアを開くことは、予定外の事態であったということができるが、本件タクシーの後ろから本件二輪車を運転して本件タクシーの左側方を通過しようとした原告にとってみれば尚更、本件タクシーがその停止位置で後部ドアを開くことは、予測し得ない事態であったと言わざるを得ず、原告が本件タクシーの後部ドアが開かれることを予想していなかったとしても、本件事案においては、原告に過失があるということはできない。

(三)  したがって、本件事故について、原告には、過失相殺の対象として斟酌し得る過失はなく、被告らの主張は採用し得ない。

4  損害の顛補二四万〇九〇五円

被告らは、原告の自認する損害の補顛額二四万〇九〇五円を超える補顛額二五万〇七九五円を主張するところ、原告主張の補填額を超える損害の顛補を認めるに足りる証拠はない。

5  弁護士費用

以上説示したところによれば、原告は、前記1及び2の損害合計一五三万〇四三四円から前記4の補填額二四万〇九〇五円を控除した一二八万九五二九円の損害賠償を求め得るところ、本件訴訟の難易度、審理の経過、右認定の損害額などを総合考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、当該損害額のほぼ一割の一五万円をもって相当とする。

6  被告らの要賠償額

被告らが原告に対して賠償すべき損害額は、前説示の一二八万九五二九円に一五万円を加算した一四三万九五二九円ということになる。

三  よって、原告の本訴請求は、被告らに対し、連帯して前認定の一四三万九五二九円及びこれに対する本件事故の日である平成七年六月三日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき六一条、六四条、六五条を、仮執行の宣言について同法二五九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官滝澤孝臣)

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